「星空チャンネル」2018年クリスマス特別編
PLANET DESIRE


聖なる夜明け


空は一面、黄土色掛かった灰色の雲に覆われていた。砂漠を囲むように築かれた壁は、文明と未開の地とを分け、その縁には人間の住む村が幾つも点在している。砂漠には無数の怪物が徘徊し、食料が少なくなると壁を越境して村を襲った。防衛は村に一任されていた。そのため、腕のいい風来坊の剣士が高い金で雇われる事も少なくなかった。
吟遊詩人を自称する自由剣士のユーリスもそんな一人だった。

太陽は赤黒く濁り、地上に届く光は弱まっていた。吹くには、砂漠の砂と怪物のにおいが染みこんでいる。当たった砂粒には痛さと冷たさが複雑に絡む。
彼は戦いの悲哀を詩にして吟じようとしていた。が、指先に伝わる弦の冷たさに、彼は首を竦めた。頭上からはちらほらと風花が舞っている。
「やけに風が胸に沁みると思ったらもう、そんな時節になったのだな」
ユーリスは、手にした竪琴を鳴らす。風の中に響く甘い余韻。しかし、弦の震えが止まれば、聞こえて来るのは風音と鋼の剣が呼応する鋭い金属音ばかりになる。

先の広場で、ラミアンとミアが剣の稽古をしている。少し離れた岩場に腰掛けて、ユーリスはそんな二人を眺めていた。
重なる剣が火花を散らす。重い剣を振るう度、ミアの細い肩は震え、解れた髪が頬に掛かった。吐く息は白く、頬はほんのり紅潮している。剣豪であるラミアンに対し、初心者であるミアとしてはかなり健闘していた。

「うむ。なかなか良い眺めだ」
ユーリスがそう呟いた時、勢いよく振り下ろしたミアの剣を、ラミアンが難なく弾き飛ばした。その剣が真っ直ぐユーリスの方に飛んだ。彼はさっと立ち上がるとその剣の柄を掴み岩から飛び降りて女達の方へ向かった。
「精が出るな、ミア。しかし、まだ握りが甘い。重心が安定しておらんのだ。ほら、この腰の辺りがもっとしっかりせぬと……」
ユーリスは剣を返すと。その手でミアの腰に触れた。
「こうでございますか?」
ミアが僅かに腰を低くし、両足に力を入れて見せる。

「うむ。少し違うな。ほれ、ラミアン殿の腰を見よ。このようにしっかりと筋肉で満たされておる」
そう言って彼はラミアンの腰から臀部に掛けて両手を当てる。
「触れるでない!」
ラミアンが剣を振り下ろす。が、彼は笑って避けるとミアの隣に身を寄せた。
「どさくさに紛れて尻に触れるとは、何たる不埒な……!」
ラミアンが怒りを露わにする。
「早まるな。何も私はただ触った訳ではない。これは、あくまでも剣士としてどう身体を鍛えるべきかという手本として、ミアに示していたのだ」
「ならば、彼女に直接触れさせれば済む事だ。貴様が触れる必要はないだろう」
そう言うと女剣士は剣を左右に振るとさっと鞘に収めた。

「邪魔が入った。今日の稽古はここまでにしよう」
ラミアンが言った。
「わたし、まだ出来ます」
ミアは言ったが、すっかり息が上がっている。
「いや、ここまでだ」
ラミアンが繰り返す。
「でも……」
ミアが反論しようとするが、その肩を掴んでユーリスが止めた。
「焦ってはならん。剣というのは一朝一夕に身につくものではない。地道な努力が欠かせないのだ」
「はい。わかりました。ユーリス様」
ミアはそう言うと一礼してその場を去った。


夜になると冷え込みは一段と厳しくなった。普段は気温が高いこの地だったが、年に一度、急速に冬が来る。それが12月だった。雪が大地を染め、空は淀み、或いは水を通したように星が歪んで見える事もあった。
そんな季節には、人々は常緑樹の枝に飾りを付け、神に祈りを捧げる。そして、家で馳走を食べ、贈り物などをし合って翌年の豊作を祈る。
そして今年もまた冬を迎え、村の宿屋にも飾りを施された大きな木が設えられていた。そこには赤い実や小さな鐘や色が変わる豆電球が吊るされていた。
太い木の窓枠にも雪が積もり、硝子の向こうには夜の空が広がっている。
そんな空をラミアンは物思いに耽るように眺めていた。

「こんな夜半にどうしたのだ? もしやサンタクロースを待っているのか?」
背後からユーリスが声を掛ける。
「ああ」
ラミアンが答える。
「それにしても、このままでは冷えてしまう。私の手で温めてやろう」
肩に腕を回そうとする彼を、ラミアンは肘で払って睨み付ける。
「要らぬお世話だ。向こうに行け!」
「つれない事を言うな。私とて気になっておるのだ」
「ならば、廊下の向こうで待てば良いだろう。窓はあちらにもあるのだから……」
「向こうの窓は立て付けが悪くてな。隙間風が酷いのだ」
「なら、好きにしろ」
ラミアンは逆方向に歩むと外を見た。風の音に混じって、怪物達の唸る声が漏れて来る。

「サンタクロース……」
ぽつりと彼女が呟いた。
「貧しい者に贈り物を届けるという。そして、子ども達はいい子にして、それを待っている。おまえならどう思う?」
「それは一つの神話だな」
ユーリスが応じる。広間には大きな暖炉があり、赤々と火が燃えている。その熱気がここまで流れて来る。

「そのサンタクロースが背負っている袋。つまり、天から降りて来るロケット。その積み荷の中に何が入っているのか知っているか?」
ユーリスが訊いた。
「この星に住むすべての者達に恩恵を与える代物だと聞いている」
彼女が呟くように言う。
「そう。年に一度、サンタクロースは贈り物を乗せてやって来る。それをもらうためには善でなければならない。そうでなければ贈り物をもらう資格がないという」
ユーリスは飾られた豆電球の光に照らされた果実を見た。

「資格が無いとは?」
ラミアンが男を見て問う。
「即ち、従順でない者」
「従順? なら、わたしにはその資格がないな」
ラミアンが苦笑する。
「いや、それは個々の問題ではない。全体の問題なのだ。裏を返せば個々の問題でもあるのだが……」
「どういう事だ?」
雪が激しくなって来た。視界を塞ぎ、何もかもを覆う白い悪魔。年老いた者達の中には、雪の事をそう形容する者もいた。

「そなたも知っておろう。今年はサンタクロースが来なかった」
ユーリスがぽつりと言った。
「噂には聞いている。だが、それは事実なのか?」
ラミアンが男を見つめる。
「だから、雪は止まずに降り続いている」
「それによって、どんな影響がある? そもそも積み荷とは何なのだ?」
磨かれた床には青色や赤色の豆電球の光が点滅を繰り返しながら反射している。
「積み荷は、この星の今後1年を支えるための燃料なのだ」
「燃料?」
ラミアンが驚く。

「そうだ。この星の人間は、自力では生きられない。食料も燃料もすべてを他者に依存している。いわば、寄生し、養われている。哀れな存在なのだ。食料を作るためにも太陽の光が不可欠だ。それを作り出すための燃料。それが届かなければ、太陽さえ光を失くし、輝く事は出来なくなるだろう」
「その燃料が、今年は来なかったと?」
「そうだ。このままでは、電気の供給が止まる。さすれば星の灯りが消え、命の灯火も途絶えてしまうだろう」
その時、樹木に巻き付けられていた電飾の群れがふいに消えた。消灯の時間が来たからだ。が、二人にとって、それは象徴的な事に思えた。
「光が……」
二人は夜の中に取り残された。心の内を探り合うように、彼らは互いの闇を見つめた。
「我々は見捨てられたのかもしれぬ」
ユーリスが言った。
「では、この星はもう……」
「恐らく、半年も経たないうちに、人も大地も凍えてしまうだろう」
その時、遠くから低く唸るような怪物の吠え声がして、硝子を震わせた。
「なら、あれらも……?」
ラミアンが外に視線を向ける。
「そう。今は砂漠に跋扈する怪物達も……」
そう言うと、ユーリスは樹木に飾られた星形を一つ外して窓に翳した。

「見よ。人工的に作られた星に光はない。我らは、自力で光る事など出来ないのだ」
「そういえば、ここ数日、妙に太陽の光が弱くなったような気がしていた」
ラミアンが落ち着かない様子で言った。
「だが、夜明けが来るだけましだろう」
暖炉ではまだ勢いよく炎が燃えてぱちぱちと音を立てた。
「エネルギーが来なければ夜明けさえも来なくなると?」
不安そうな声でラミアンが問う。
「そうだ。まだ、多くの住民は気づいておらぬが、もし、このままサンタクロースが来なければ……」

「トナカイを出す訳には行かぬのか?」
彼女が訊いた。
「何故その存在を知っている?」
「兄は中央の化学研究所に勤めていた」
そこでは様々な研究が行われていた。その中には、禁忌に触れるような実験も多く含まれていた。トナカイというのはまさに、天を駈ける物の総称として使われる一種の呼称だった。
「そうか。合点がいった」
それから、しばらくの間、二人は沈黙した。そして、暖炉の炎もだんだんと乏しくなった。風が激しくなり、外は吹雪になっていた。そんな時、窓を激しく打つ音が響いた。
「何事だ?」
ラミアンが剣の柄に手を掛ける。
「飢えた怪物がここまで来たのかもしれぬ」
ユーリスは彼女を下がらせ、警戒するようにじっとその窓を見つめた。曇った硝子には何も映らず、ただ風の振動だけが伝わって来る。彼は一歩下がると周囲を窺った。

「ユ…リ……」
その時、風に混じって、低くざらついた声が聞こえた。
「シーザー、おまえか?」
低い声でユーリスが問う。それに呼応するように唸る声。そして、怪物はいきなり窓に手を突っ込んで来た。硝子と窓枠が弾け飛んだ。そして、虚空の中からごつごつとした岩肌のような手がユーリスの身体を掴んで来た。
「怪物が……!」
ラミアンが咄嗟に剣を抜き、その腕に斬り掛かる。が、硬い怪物の腕は僅かに火花を散らしただけでびくともしない。
「ラミアン殿、剣を収めよ。これは怪物ではない」
ユーリスが止める。
「しかし……」
困惑する彼女を押しとどめるようにユーリスが笑う。

「これは、シーザー。私の友だ」
「友だと?」
剣を持ったまま、彼女が動揺する。
「そうだ。友だ。見よ。彼は私に贈り物を持って来てくれたのだ」
ユーリスは笑って、怪物の太い指に絡み付いた袋の紐を解いた。それから、壊れた窓から大きな袋を引っ張り入れる。中には巨大な鳥の死骸が丸ごと入っていた。
たった1羽でも、ちょっとした祝宴の賄いが出来るくらいの肉の量がある。
「まさか? 怪物を手懐けたというのか?」
ラミアンが驚いて訊いた。
「いや、むしろ逆だな。この私が手懐けられたのだ」
ユーリスが言う。

「ユ…リ……肉……」
怪物が硝子のない窓からこちらを覗く。
「はは。わかっておる。私に餌を与え、たっぷり太らせてから喰おうというのだろう? が、残念ながらまだその時期ではない」
ユーリスは鳥の骸を持ち上げ、その下に隠れている卵を掴み出して言った。
「何しろ、私とてまだ、恋さえも知らぬ身。こんな卵さえ持てないのだ。おまえだって哀れに思うだろう?」
「ユリ……卵…産む……?」
怪物が訊いた。
「ああ。これくらいの卵を30個程……」
手のひら程もある卵を翳して笑う。

「この怪物は、言葉を理解するのか?」
ラミアンが驚く。
「無論だ。言ったであろう。これは友だと……」
ユーリスが笑う。
「友か。なら、何故友を謀る? 男が卵を産むなどと……。怪物よ、騙されるな。ユーリスは嘘をついているぞ」
ラミアンが言った。
「……?」
怪物は黙って男の顔を見、威嚇の声を発した。
「ラミアン殿。何という身も蓋もない事を言う? それでは、まるでこの私がシーザーを騙しているみたいじゃないか」
「騙しておるのだろうが……!」
ラミアンが吐き捨てるように言う。

「確かに、私はシーザーと契約を交わした。が、それは今すぐという事ではない。来たるべき日が来た時には……という事なのだ。つまり、いつかだ」
「いつか……ない」
怪物が言った。
「そうだ。賢いぞ、シーザー。いつかなんて日は来る筈がない」
ラミアンが加勢する。
「来るさ。人は皆、いつかは死ぬ。それは、たとえそなたであろうと私であろうと免れる事は出来ない」
「サンタクロースが来たとしても?」
「そうだ。人は不老不死にはなれない」
壊れた窓からは砂漠の砂が吹き込んでいた。怪物も、そう言う男をじっと見ている。
「シーザー、おまえも……だ」
窓を塞ぐ怪物の巨体に向けて言った。

その時、誰かが階段を降りて来る気配がした。ユーリスは剣を抜くと、さっと鳥の身体を裂いて、その半分を投げ渡した。
「これはおまえにやる。今夜はクリスマスだからな」
怪物は目だけで頷くと夜の砂漠へ帰って行った。

「ユーリス様! これはいったい何の……」
灯火の光に照らし出された光景を見て、宿主の男が言った。床に散乱した硝子片と壊れた木枠。そして大きな鳥の死骸。
「見ての通りだ。この鳥が窓にぶつかって来たのだ。窓は壊れたが、肉はたっぷりある。明日は村の者達を招いて祝杯をあげよう!」
ユーリスが言った。
「しかし……」
宿主が渋る。
「そう悲観的になるな。これは良い兆候かもしれぬ。そうではないか? ラミアン殿」
ユーリスが明るく笑う。
「そうだな。もしかしたら、明日には事情が変わっているかもしれない……」
ラミアンも同意する。

今年、この星にサンタクロースが来たのかどうか、事実は誰も知らない。だが、彼らは今を楽しむ事にした。どんな未来が待ち受けていようと、ただ一度きりしか巡って来ない貴重な今という、この瞬間を……。
ラミアンは吹きさらしの窓から、空を見上げる。その先に光る銀色の筋を見つけた。
「あれは……流れ星か? それとも……」
「夜明けの光だ」
ユーリスが言った。
「まだ、未来は閉ざされてはおらぬのだ。さあ、顔を上げよ。聖なる夜明けに祝杯を!」
ユーリスはそう言うと、ラミアンの肩を抱いた。